ロシアのマースレニッツア

お祭り騒ぎとご馳走の7日間

ロシア人はしばしばマキシマリストと呼ばれます。ロシア人には「少しずつ」という度量はありません。全か無かなのです。たとえば、ロシア正教には冬または春の終わりにはじまる「大斎」があり、1月半、厳しい食事制限を守り、祈ります。「ポスト(復活大祭)」がはじまる直前、「マースレニッツア」とよばれる最も騒がしく陽気な祭が7日間続きます。とてもロシアらしいお祭りです。

マースレニッツアの歴史は古くルーシの命名の前に発生し、冬の送別を象徴しています。その主な儀式は1000年以上前の時代にはじまり、異教と直接的に関係しています。古代ルーシは10世紀にキリスト教を受入れましたが、マースレニッツアはこんにちまで祝われ、しかもとても大衆的になりました。ところで、この祭での異教とは何でしょうか?たとえば祭の一週間は冬を象徴した儀式用の藁人形を燃やすことで終わります。この祭りの主食は、かつてスラブの神々のための犠牲のパンとみなされた丸いブリヌイ(ロシア風クレープ)です。このブリヌイの助けを借りて、一刻も早く凍った大地を暖めるよう説得したのです。

マースレニッツアの一週間は美味しく、お腹いっぱいに食べ、喜びとともにアルコールを飲みます。テーブルにはブリヌイや詰め物のパイが並びます。ブリヌイはサワークリーム、魚、イクラ、肉、ジャム、パテ、はちみつと一緒に食べます。こんにち、ロシアのほとんどの人々がこの伝統を祝います。ブリヌイは同僚に御馳走するため会社に持参します。ブリヌイは自宅で作ったり、レストランなどいたるところで販売されます。 各家庭にははそれぞれ独自のレシピがあります。

ところで、マースレニッツアは御馳走だけでなく、踊り、氷丘滑り、ロシアン・ボクシング、歌、火の上でのジャンプ、人々が集って騒いだり、冬の楽しみでもあります。

伝統的に、祭の一週間は、狭いマースレニッツア(はじめの3日間)と、日曜日までの広いマースレニッツアに分けられます。祭は広いマースレニッツアで勢いを増します。ロシアの習慣では、この一週間のために毎日の食事と儀式の予定が決められます。水曜日、婿はブリヌイのために姑を訪ねなければならなりません。木曜日には通常、ロシアン・ボクシングが行われます。金曜日、今度は姑が婿のところへ訪問します。結局のところ、マースレニッツアは家族の団結でもあります。

日曜日にマースレニッツアの藁人形を燃やすことで祭は終盤を迎えます。冬を象徴した藁人形は祭の初日に女性の服をまとい、棒にひっかけられます。藁人形はみんなと一緒にきれいな良心と穏やかな心で大斎を迎えるため、一年の穢れた心を改め、許しを得る特別な日、許しの日曜日を待ちます。この伝統は、マースレニッツアの大部分の習慣と同じく、ロシアで広くみられます。以前は、一部の人は見合いのためにマースレニッツアを特別に待っていましたが、現在ではそのような習慣はありません。かつて、すべての儀式は見合いのために行われました。見合いが成功した場合、結婚式は「大斉」の後の最初の日曜日に設定されました。

そして、日曜日がきました。大騒ぎや御馳走の一週間をあとに残し、ポストがはじまるまで残すところ1日です。冬の藁人形は山の上(または多くの民衆が集まる広場)に据えられ、民衆が歌って踊っているあいだに焼かれます。寒いからと冬を叱り、この笑戯に感謝します。ロシアでは、マースレニッツアを盛大に祝うことで春の訪れがはやくなり、暖かい天気になると信じられています。

 

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